夏休みが終わる8月末から9月頭は子どもの自殺率が最も高いという統計が出ています。
長い夏休みが開けてまた学校が始まるころ、学校に行けない、行きたくない子どもは行き場を無くした末、自らの命を絶ってしまうのです。
子どもが発信するSOS「死にたい」という言葉をどのように受け止めればいいのか、考えてみました。
子どもはまだ自分が何が嫌で学校に行きたくないのかをうまく言葉にできない
私の話になりますが、「離婚した」と友人に報告したときによく聞かれるのが「どうして?」「なにがあったの?」という離婚の原因に関する質問です。
この質問に答えるのにはすごく難儀します。なぜなら、離婚の原因を短く話すことが難しいからです。真に離婚原因を分かってもらうためには、結婚当初からのあれやこれを話さねばならず、とても長い話になります。
「浮気」や「暴力」がなかった場合は、特に離婚原因を一言で話すのが難しいと思います。あえて言うのであれば「価値観の不一致」になるのかもしれませんが、モラハラ被害に遭った方としてはそう言いたくはないんですよね。「価値観の不一致」という言葉を使うと、離婚原因はフィフティフィフティだと思われてしまうので、どうしてもそうは言えません。
そして、いつも言葉でつまってしまって、結局のところ「いろいろあって・・・」みたいな言い方になるのです。
さて、ここで学校に行きたくない子どもたちがその理由を話さない(話せない)のも同じような原因があると考えられます。
行けない理由は1つではなくて、いろんなことが絡み合って複雑化しているので、簡単に言葉にできません。それこそ、学校に入学した当初からのあれこれを話さなくてはならないかもしれません。
大人でも難しいのですから、子どもだったらなおさらです。
特に低年齢の子どもになればなるほど、自分の気持ちや自分に降りかかったことを言葉にすることは難しいのです。
理由を言っても「そんなことぐらいで」と思われてしまう原因
再び、私の離婚話です。
離婚理由を聞かれた時に、長々と話をしないために、離婚のきっかけを離婚理由として話したとしましょう。離婚のきっかけはいわば離婚に至る引き金だったわけですが、すでに弾は装備されている状態でした。真の離婚理由は弾の方にあります。でも結婚生活からのあれこれを長く話すこともためらいがあるので、おおざっぱに引き金の方を話すことにしました。
引き金の方の話を聞いた友人からは、「え?そんなことで?」と言われてしまうこともありました。
特に、今まで全く相談をしていなくて、離婚後の報告のみをする状況になった時に、自分と友人のギャップが最も大きくなると感じました。
5年とか10年とか長い間悩んでいたことを、ほんの数分で話さなければならなくなるのでどうしても温度差が出てしまうのでしょう。
恐らく、私にとっては5年、でも話している友人にとってはほんの数分という時間のズレが、1つ1つは大したことがなくても積もり積もってもうやっていけなくなったのだ、ということをなかなか理解してもらえない原因であったのだと思います。
子どもの話に戻します。同様に、「隣の席の○○ちゃんに意地悪された」と話しても、「なんだそんなことぐらいで」と思ってしまうのは、この時間のギャップによるものが原因となるのでは、と考えます。
本人は、1か月とか2ヶ月とか悩んできたことかもしれません。しかし、聞いている大人にとってはほんの数秒のこと。
圧倒的な時間の差が、問題を軽々しく考えてしまう原因になってしまうのです。
必要なのは、継続した相談
一方で、離婚原因を話すときに、以前から夫のことを相談していた友人にはすでに事情が分かっているので話がしやすかったのです。
結婚当初からのあれやこれも話していますし、離婚のきっかけになったことが些細なことでも、それまでの経緯を知っているので、「がんばったね」「お疲れ様」と声をかけてくれました。
私が「自分の気持ちを受け止めてくれた」と強く感じたのはやはり長い間相談をし続けていた友人からの言葉だったのです。
子どもも同じです。
1日あったことを話すのが5分だとします。
30日分たまったら、150分
60日分たまったら、300分=5時間です。
何か月も自分の気持ちをため込んだ子どもが5分や10分で自分の気持ちをすべて伝えることができるわけがありません。また、聞いている方も、5分や10分で子どもの気持ちをすべて理解できるはずもありません。
大切なのは、毎日の「継続した対話」です。
学校に行きたくない、と言い出してから話を聞いていたら「なんだそんなことぐらいで」と思ってしまい、子どもの気持ちと親の気持ちにギャップが生じてしまいます。そしてその言葉を聞いた子どもは、自分の気持ちを受け取ってもらえなかったと絶望してしまいます。
「死にたい」は最終的なSOS
さて、ここで子どもが「死にたい」といったときにどうしたらいいのでしょうか。
子どもの「死にたい」という言葉は、最終的なSOSです。自分の身に何が起こっているのか、どうして嫌なのか、子どもはそれを言葉になかなかできません。
でも、どうしようもない辛い状況を伝えたい、その気持ちが「死にたい」という言葉に現れるのです。
この言葉を受け止めてもらえなかった子どもは、もうどこにも行けないと行き場を無くしてしまいます。
子どもは今まで抱え込んできた気持ちがあります。それは、言葉にして発信してこなかったからといってなかったことにはできません。
子どもが望んでいるのは、自分と同じくらいの温度で悩みに向き合ってくれることです。
何か月も悩んできたことであれば、同じくらいの時間、もしくは同じくらいの濃度で一緒に考えてあげる必要があるでしょう。
子どもに言ってはいけない言葉
子どもと親には上記のようなギャップがあります。
親にとっては取るに足りないことでも、子どもは真剣に悩んでいます。
- そんなことくらいで
- いいから学校に行きなさい
- くよくよするな
こういった言葉は絶対に言ってはいけません。
問題が解決しなくても、人は気持ちを受け取ってもらえただけで生きていけるような気分になります。
もちろん、根本的な問題と向き合うことは必要ですが、まず第一に子どもの気持ちを受け取ってあげることを忘れてはいけません。
まとめ
子どもはまだ成長段階。悩みを解決する力もまだまだ成長段階です。
大人が、どのように悩みや問題に向き合えば良いのか、解決するためにはどうしたらいいのかを示してあげる必要があります。
解決するための具体的な方法を提示してあげたり、本人に解決が難しい場合は学校の力も借りるなどしましょう。
また、環境が悪い場合もあります。本人だけの問題でなさそうな場合は環境を変えることも考えなくてはいけないでしょう。
コメント