モラハラ夫にマザコンが多い?なぜ妻にも「母親」を求めるのか?

モラハラ夫にマザコンが多い?なぜ妻にも「母親」を求めるのか?

モラハラ夫には、マザコンが多いと言われています。

一般的に、正常な母子関係が育まれていれば成長過程で母親(監護親)から分離し、自立していくことができますが、モラハラ夫たちは不適切な養育によりこの過程を失敗しています。そのため、未だ母親から分離できないのです。

モラハラ夫のマザコン説に焦点を当てて、彼らが配偶者に求めている「母親」について考察してみました。

目次

モラハラ夫たちは「欲求」を配偶者への愛だと勘違いしている

DV加害者カウンセラーであったバンクロフトは、著書の中でDV加害者についてこのように述べています。

DV加害者は虐待を愛だと思っています。

DV・虐待加害者の実態を知る ランディ・バンクロフト著

加害者は、あなたに愛され世話されたいと強く求めることはあっても、愛を与えるのは自分に都合がよいときだけにしたいのです。
ということは、あなたを愛しているという彼の言葉は嘘なのでしょうか。答えは「いいえ」です。ウソをついているわけではありません。加害者のほとんどは、心の中に強烈な感情を本当に感じて、それを愛と呼んでいます。多くの加害者は、女性に対してそのような感情しか持ったことがないので、それが愛ではないということが分からないのです。

DV・虐待加害者の実態を知る ランディ・バンクロフト著

バンクロフトによると、DVやモラハラ加害者が配偶者に持つ感情は、愛ではなく「欲求だとしています。

この欲求の中には、配偶者にもっと世話をして欲しい自分のために人生をささげてほしい思い通りにしたいというものがあります。

彼らの配偶者への愛は「自分を愛して欲しい」という欲求である

つまり、モラハラ夫が求めている配偶者というのは、まさに愛情を注いでくれ世話をしてくれる「母親」のような存在であると言えるでしょう。(この場合の母親というのはいわゆる面倒を見てくれる人という意味で、モラハラ夫の母親その人ではありません。)

家庭内のモラハラ夫の役割は?

モラハラ夫の中には、配偶者と自分の母親を比較して、「母さんならこうしてくれていた」とか「母さんの方が優れている」と言う人がいます。しかし、本来ならこの「母さん」の役割を担うのは大人になった彼ら自身のはずです。かれらは、いつまでたっても自分を愛してくれる存在を求め、自分が「愛する側にならない」というのが特徴的です。

いつまでたっても要求を叶えてもらう側の「子ども」であり、さらには、要求を叶えてもらって当然であると「王様」のようにふるまいます。

モラハラ夫たちは「対象愛」を獲得していない

なぜモラハラ夫たちが、いつまでたっても愛を欲求する側であり、人を愛することができないのかは、フロイトの精神分析を参考にすると良いでしょう。

フロイトは、リビドー(=精神エネルギー)が他者に向かわずに自分に向かうことを「自己愛」だとしました。フロイトは、自己愛は自分のことだけを考えている乳児期にのみ存在し、次第に他者を愛する「対象愛」へと移行していくと考えました。

バンクロフトの著書に書かれているDV加害者の持つ「愛」は”他者への愛”の形ではないことが分かります。

彼らには自己愛しかなく、対象愛の獲得に失敗しているのではないかと考えられます。

※ここでの自己愛は、コフートの提唱する自己愛とは異なります。

分離に失敗した「母親」はモラハラ夫にとっては「自分」

赤ちゃんは、生まれたときは自分は母親と一心同体であると思っています。泣いてもすぐに来なかったり、いつも母親が自分の思い通りにならないという経験を通じて、母親が自分とは違う存在だと気づいていきます。

また、適切な養育やアタッチメントを通じて、母親の側にいれば安全だということを学んでいきます。(これは「安全基地」と言います。)母親以外の存在に対しては、母親にくっついたり離れたりして安全かどうかを確かめながら、次第に母親から離れ分離していきます。

モラハラ夫はマザコンというと、とても母親を愛しているようにも聞こえますが、実際は彼らにとっての母親は乳児期にこの母親からの分離に失敗しているため、未だに母子癒着の状態であると考えられます。

自分の意見と母親の意見を分離することができない、
なんでも親に決めてもらう、
成人しているのに親から精神的に自立できない   など

フロイトの言葉であるリビドーで説明するのであれば、リビドーが自分に向かっている状態であり、母親は自分であり、母親への愛は「自己愛」の形に近いのではないかと考えられます。

毒親は、子どもを自己の延長だと考えています。モラハラ夫の親もまた、モラハラ夫を自分の一部だとして育てた可能性が高いと考えられます。モラハラ夫は母親の延長、母親の一部のまま成長し、この癒着した状態が外から見て「マザコン」のように映るのだと思います。

モラハラ夫は「安全基地」の役割を妻に求める

モラハラ夫は「妻」というものは、いつもにこにこして朗らかで、夫のことをなんでも受け入れる人物だと考えています。

それは、赤ちゃんが泣いたり怒ったり悪いことをしても、いつでも変わらぬ愛情を注ぐ母親の姿を連想させます。モラハラ夫は、無意識のうちにどんなことをしても許してくれ、どんなことをしても愛情をくれる存在を妻に求めているのです。

そして妻がそうふるまえば、自分の人生がすべてうまくいくとも思っています。

優しい妻がいる安らぎのある家庭があれば、夫は外に出ても安心して働くことができるという考えは、まさに安全基地そのものの概念です。

モラハラ夫には、安定した愛着スタイルが形成されていないため、過去の体験の中に安全基地がありません。社会に出るとそこは敵ばかりであり、安心できない場所であると考えています。

基本的信頼感や自己肯定感を育めなかったために、自分自身が自分の拠り所となることもできません

彼らは安全基地を新しい家族に求めます。

マザコンは不適切な養育による母子分離失敗例

私は、モラハラ夫のマザコンは「ゆがんだ自己愛」であり、配偶者へは、持つことができなかった「安全基地である母親」の役割を求めているのではないかと考えています。

そのため、たとえば、義母は昔キャリアウーマンで家庭では冷凍食品や総菜ばかりだったのに、結婚した配偶者には、「母親らしく」手づくりのものだけを執拗に求めるというケースもありますし、義母は気が強く言い返すタイプであるのに、配偶者には逆らうことは許さないというような、「義母そのものの姿を配偶者に求めているわけではない」ケースが発生するのだと考えられます。

モラハラ加害者の求めている母親というのは、自分の母親ではなく、幼いころに欲していた理想の母親像なのだと私は思います。

もし、真に母親を愛することができる「マザコン」であるならば、対象愛を獲得していることになり、そういう人は愛情深く配偶者も愛することができるでしょう。

モラハラを生むのは、家庭が不適切な養育環境にあったからだと言われていますが、同時にその不適切な養育環境がマザコン(=歪んだ自己愛)を生むのです。

モラハラ夫にマザコンが多い?なぜ妻にも「母親」を求めるのか?

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