モラハラ加害者にならないために「やり返したい」と思ったら

モラハラ加害者にならないために「やり返したい」と思ったら

人は常に強くはいられないので、例えばモラハラ夫が病気になったり、義両親が亡くなったり、友人と縁を切られたりして弱くなったタイミングで立場が反転することがあります。

夫からモラハラを受け続けた妻の中には、こういったきっかけを機に立場が逆転し、今度は妻が夫にモラハラをするようになったという人もいます。

そして、被害者が加害者の立場に転じたとき、今まで被害を被ってきたことが原因で「より止めづらい」状況になってしまうそうです。

今まで虐げられてきた分を仕返ししたい

同じ立場になって私の辛かった気持ちを分かってほしい

かつての被害者は自分の気持ちを表現する手段としてモラハラを使うようになることがあるのです。

また、中には加害者のモラハラを止めさせようとして、妻自身がモラハラ妻になってしまう人もいます。

たとえば、モラハラ夫がモラハラを自覚できて、モラハラを治そうと努力し始めたとします。認知行動療法を学んだり、クリニックに通うなどし、自主的に治療を始めました。しかし、モラハラは一朝一夕で治るものではありません。

かつて被害者だった妻がやりがちなのは、なかなか治らない夫の様子を見て、「モラハラを治せないのは、努力が足りないからだ!」とか「本当に反省しているのだったらモラハラを止めれるはずだ!実は反省していないんじゃないのか!」といって夫を責めるといったことです。

こうして、いつの間にか夫が被害者になり、妻の方が加害者に転じていたということもあるようです。

これを「被害・加害の逆転現象」もしくは「被害者の加害者化」と言います。

目次

被害者は自分が加害者になっていないのかを客観的に見なくてはいけない

恐ろしいのは、加害者被害者が逆転し、今度は妻がモラハラをし始めたとき、多くの妻にはモラハラ加害者であるという自覚がないということです。

妻の中には、モラハラをされた側の気持ちを分かってほしいという純粋な願いを初め、目には目を歯には歯を、やってきたことをやり返されても当然のこと、といった恨みつらみから来るものなどさまざまな気持ちがあるでしょう。

そして

「モラハラにはモラハラをやり返すしかないんだ」

「夫がモラハラを治せないのが悪いんだ」

「夫が気持ちを分かってくれないからこうするしかないんだ」

と他責的になっていきます。自分の行動を自分で制御せずに、夫の行動に責任があると転化していくようになるのです。

こうなると「被害者だから」という大義名分をかさに着た立派な加害者の出来上がりです。

モラハラを治せた体験談は本当に治ったのか?その見分け方は?

夫のモラハラを治せました!という体験談の中には、夫がモラハラを改善し、夫婦が対等で平等な関係になれたケースもあります。しかし、中には、ただ単に上下関係がひっくり返ったために、今度は夫が被害者になり、妻が夫のモラハラが止んだと感じているだけの場合もあります。

モラハラ加害者も、上下関係の上の立場の人にはモラハラをしないという特性があります。つまり夫が妻にモラハラをしなくなったのは、関係性が変わり、自分より妻が強くなったためモラハラをしなくなっただけです。

結局のところ、自分よりも立場が弱い人(妻以外の人)に対しては、引き続きモラハラをしているでしょう。

モラハラをするターゲットが変わった、それがあたかも「モラハラが治った」ように見えているにすぎません。

モラハラ被害者はモラハラ加害者になってはいけない

かつてモラハラ被害者の立場だった方でも、「今では私の方が夫よりも強い立場になり、モラハラをしています」と話される方もいます。

自分が受けたモラハラを、今ではやり返しているということ、そしてそのことを公言できるということはモラハラをしていることに罪悪感がないということです。

私は、モラハラ被害の深刻さは、被害者にしか分からないと感じています。だからこそ、被害者になった人はモラハラ加害者には決してなって欲しくないのです。

かつて自分が言われたことだから言い返してもいい

かつて自分がされたことだからやり返してもいい

それは、あなたが夫から受けたモラハラと全く同じ性質のものです。

なぜなら、モラハラ夫もかつて被害者としてモラハラを受けてきました。そして、かつて言われたことを言い、かつてやられたことをやっているのです。

もし、被害者である人が同じようにやられたことだからやり返していては、あなた自身がモラハラ加害者になるばっかりではなく、モラハラで傷つく人を増やし、そのことでさらに未来のモラハラ加害者を増やしています。

「やられたらやりかえす」と言う人間関係は、やり返したその一瞬は、今まで虐げられてたまってきたうっぷんを解消できるかもしれません。しかし、次々と争いが起こり、争いが続き、争いから抜け出せなくなってしまいます。そして争いのある人間関係から生まれるのは「加害の連鎖」です。

モラハラをすれば、それが必ずや連鎖のように広がっていきます。

決してモラハラをやり返してはいけません。

DV加害者専門カウンセラー「バンクロフト」は加害者に何を見たか

DV加害者専門カウンセラーであったバンクロフトは、多くの加害者を見てきました。そして、彼は世間一般に考えられているDV加害者のイメージと実際に目で見て話を聞いたDV加害者の実態が違うことに気が付き、著書の中でこのように述べています。

DV加害者たちに児童虐待を経験してきている傾向があるかどうかについては、複数の研究結果がありますが、関係性は薄いという結果が出ています。~(中略)~彼は特権意識を持っています。特権意識とは、自分は特別な地位にあるから、相手には通用されない自分だけの権利や免除がある、というDV加害者の考え方です。虐待の原因になる考え方の全てが、ほぼこの一言に凝縮されています。

DV・虐待加害者の実態を知る ランディ・バンクロフト著

このサイトで私が伝えてきていることとバンクロフトの見解は異なることがあることを最初にお断りしておきます。その上で、彼が実際に見てきた加害者たちの共通点として、虐待者になった原因が「特権階級意識」にあると述べています。(ちなみに被虐体験のある加害者もいるという話も著書に出てきています。)

これについて、私が一体何を言いたいのかというと、もし、このバンクロフトの言っている内容が正しいことを前提とするのであれば、

被虐体験のない加害者がなぜ加害者になってしまったのかを考えたときに

この特権階級意識がどのように植え付けられたか

ということに注目してほしいと思います。

この特権階級意識は身につけて生まれてきたわけではないはずなので、成長過程で虐待者であるDV加害者はこの特権階級意識を何らかの形で植え付けられたはずです。つまり、自分が被虐者よりも偉いという考え方を根付かせる出来事(バンクロフトの著書ではDV加害者はほとんどが男性だとしていますので男性の特権的階級ということになります。)が何であったのか。

それを私は、たとえ自分が虐待を受けていたとしなかったとしても「面前DV」や「家庭内の差別(男女差別・父親から母親への虐待)」がこのような特権階級意識を受け付けるのではないかと考えました。

もし、家庭内に日常的な争いがあり、差別があり、それが過去の出来事に基づくもので本人の中では正当性があったとしても、それを見ている子どもたちには、「配偶者にはこんなことをしても良いんだ」とか「家族というのはこういう関係なんだ」という「特権階級的意識」を植え付けられる可能性があるのではないかと私は思います。

(前略)なら、虐待を受けるとどんな気持ちになるか、あなたには分かっているということですね。クズ同然に扱われたり、怖い思いをさせられたり、虐待されるのは自分が悪いからだと言われたりして、どんなに悲しかったか思い出せるはずです。虐待を経験したことで、女性を虐待するよりもむしろしなくなるはずでしょう。」
こう指摘されると、加害者はひどかった子ども時代の話をするのをたいていやめます。

DV・虐待加害者の実態を知る ランディ・バンクロフト著

さらに言えば、それが自分自身の被虐体験ではないからこそ、虐げられている人の痛みに鈍感になり、過去の体験をもってしても改善が難しいのではないかと思うのです。

バンクロフトが著書に書いた「加害者と児童虐待との関連性が薄い」については、被虐体験に「精神的DV」や「面前DV」が入っていたかどうかによって大きく変わってくると思います。著書の中では、女性にひどい暴力をふるってしまう加害者は被虐体験との関連があったと出てくるため、虐待が身体的暴力に限られていたとすれば、暴力を振るわないモラハラをする人が、言葉による被虐体験の持ち主だった可能性もあります。これについては調べて分かったら記事に追記していきたいと思います。

夫にモラハラをやり返すために人生を共にするなら、その悪い関係を切ったほうがいい

モラハラで受けた傷は決して浅いものではありません。

被害者が、自分の傷の痛みを訴えて、モラハラをしてしまいたくなる気持ちも分からなくはありません。

その怒りは正当なものであって、さらにその怒りを感じることでモラハラ被害から抜け出せる大きな力になることを私もよく知っています。

しかし、モラハラ夫と一緒に過ごし、傷を増やしながら、自分もモラハラをする悪い人間になるくらいなら、モラハラとは縁を切り、「嫌な自分」にならずに済む環境へと身を投じてほしいのです。

嫌な自分にならないために、自分を嫌いにならないために…

私は元夫と一緒にいるときの自分が嫌でした。

夫から言われる私を否定される言葉。

その言葉に傷つき、みじめになっていく自分。

そして、何よりも本当にその言葉通りに、「嫌な気持ち」に支配され、「嫌な人間」になっていく自分

暴言を言いたくないのに、気を抜けば夫を罵りそうになる。

本当は穏やかに話したいのに、声を荒げてしまう。

相手の暴言を聞き流し、平然としていられたらどんなに立派だったでしょうか。

しかし、私にはそれはできませんでした。

夫といると私はどんどんと嫌な人間になり、自分のことが嫌いになっていきました。

私は夫のことが好きでしたが、夫と一緒にいるときの自分は嫌いでした。

もし、あなたがモラハラを嫌だと思いながら、旦那さんのことが好きだから一緒にいるのだとしたら…。

旦那さんと一緒にいるときのあなたは、自分自身のことが好きでしょうか?

惨めで辛い思いをしていないでしょうか?

怒鳴りたくないのに、大声を出していないでしょうか?

好きなことも思い出せなくなっていないでしょうか?

何もできないちっぽけな人間だと、自分自身を否定していないでしょうか?

夫と一緒にいるときの自分が嫌いになるようであれば、その関係を見直すべき時です。

私は、穏やかで、気持ちよく、安心して、自然体でいられる…そんな風に過ごせる相手と一緒にいてほしいと思います。

そしてなによりも、その人と一緒にいるときの自分が好き、そう思える人間関係を大切にしてください

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